7月になりましたその1
今年の後半が始まりました。40代もあと1か月になってしまいました。来月2日の誕生日はいつも伺うお寿司屋の磯はんで、誕生会をするつもりです。
さて9月5日の松能会で殺生石を勤めます。今回で2度目です。昭和55年8月に武田同門会が初演でした。高校3年生で、芸大の受験を目指していたころです。師匠にはずいぶん稽古をして頂きました。芸大は共通一次試験、音楽理論の筆記試験、謡と仕舞の実技試験があり、実技は一次が課題曲、二次試験が自由曲というぐあいでした。一次の謡の曲を忘れてしまいましtが、仕舞は竹生島でした。自由曲は謡も仕舞も殺生石でした。謡の試験はその場で、強いところ、弱いところのここを謡いなさいと言われて謡います。御先代のお家元はじめ、観世、宝生の先生方の試験官の前で謡います。どこか出るかわかりませんので、1曲しっかり覚えてないといけません。緊張感もありドキドキしたことを覚えています。その年合格者は2人で、私と下平氏でした。彼は学習院大学を卒業してから芸大を受験しました。刺激を受けながら、現在まで至っております。つづく