羽衣について

ff羽衣は現行曲の中でも一二を争うぐらい演じられている名曲です。

各地にみられる羽衣伝説、万葉集「風早の御穂の浦曲を漕ぐ船の浦人騒ぐ波立つらしも」などを元に作られているとされています。羽衣伝説は天人が富をもたらすことが主ですが、能は天上の世界の舞を見せることが主眼になっています。

舞台の正面先に松ノ木が出され、三保の松原を表現します。後見が衣(長絹)を松にかけ、舞台が始まります。

釣竿を担いだワキ白龍がワキツレとともに登場します。春の朝釣りに出た白龍は空から花が降り、音楽が聞こえ、よい香りが漂う中で松の木に美しい衣がかかっているのを見つけます。それを取り上げて、国の宝としようと持ち帰ろうとしますと、そこへ天人(シテ)が現れ、衣を返して欲しいと頼みます。以前ワキ方の宝生閑先生が、そこはこちらをビビらせるように呼びかけて欲しいとおっしゃっていました。だからこれは拾ったと言い訳を言うのだからと。拾ったのではありません。取っているのです。シテが幕の内からの呼びかけの謡が注目されます。

ここに後ろめたさが白龍にあるのでしょう。ワキはこれは拾いたる衣にて候と言い訳を言います。人間の浅はかさが出ています。

天人は嘆き悲しみます。その姿をみて、白龍は天人の舞楽を見せてくれるなら衣を返すと言います。天人は喜びますが、ここで白龍はもし衣を返したら、そのまま天に行ってしまうのではと疑います。天人はそこで

いや疑いは人間にあり。天に偽りなきものをと言って衣を返してもらいます。

天人は衣を着て、月の世界のことや天上の舞、駿河舞を舞います。あたかも三保の松原は極楽世界のようです。天人はやがて三保の松原から浮島が原、さらに富士の高嶺へと舞い上がり霞に紛れて消えていきます。

先日も述べましたが、富士山と三保の松原が世界遺産に指定されましたが、富士山と三保の松原は一体でなければ意味がありません。なぜなら三保の松原は、天人だけでなく神々がここを滑走路にして富士の高嶺を通り、天上に上がって行くからです。

松は神の象徴です。三保の松原は神々が来臨する場所なのです。

羽衣のシテは謡も舞も華やかさだけでなく、強さも必要だと思っています。この強さは乱暴な強さでなく真の強さ、まさに能楽師にとってとても大事な技量です。私が羽衣を芸の指針の曲にしている理由です。シンプルイズベスト。能の真髄である大事なことをこの曲が教えてくれていると思います。今度の羽衣でどこまで演じられるか稽古を重ねていくつもりです。

 

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